獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第79巻(令和8年)第8号掲載)
症例:猫(ドメスティック・ショートヘアー),13 歳6カ月,メス
主訴:耳の腫瘍
病歴:特になし
現症及び身体検査:右側耳介及び外耳道に紫色~濃青色の丘疹を認める(図1).完全血球計算では白血球数は14.4 K/μl と軽度増加し,好中球数も10.6 K/μl と軽度増加を認めた.一方で著明な左方移動や中毒性変化は認められなかった.血液生化学検査において,血清総蛋白は9.0 g/dl と高値であり,Alb 2.9 g/dl,A/G比 0.48 と低下していた.そのほかの項目において特記する異常は認められなかった.
質問1:本症例の肉眼所見及び検査結果から,どのような疾患(腫瘍性及び非腫瘍性病変)を鑑別すべきか.また,確定診断のために次に行うべき検査は何か.
質問2:本症例において病変範囲及び中耳への進展を評価するために必要な画像検査と,それに基づく治療方針,及び術後に留意すべき合併症について述べよ.
解答
質問 1 に対する解答:
鑑別診断:耳垢腺腫,耳垢腺囊胞症(ceruminouscystomatosis),耳垢腺癌,耳血腫,扁平上皮癌,肥満細胞腫など.
追加検査:細胞診を補助的に実施し,確定診断のために生検または切除検体による病理組織学的検査を行う.
質問 1 に対する解説:
本症例は,高齢猫の右側耳介及び外耳道に紫色~濃青色の多発性丘疹を認めた.猫の外耳道におけるこれら特徴的な青紫色~ドーム状の病変は,アポクリン汗腺の変形である耳垢腺由来の病変を強く示唆する.
臨床的に最も重要なのは,良性病変(耳垢腺腫,耳垢腺囊胞症,非腫瘍性の過形成)と,悪性腫瘍(耳垢腺癌)との鑑別である.これらは肉眼所見や画像診断のみで完全に区別することは不可能なため,確定診断には病理組織学的検査が不可欠である.本症例の病理組織学的検査結果では,「不整な管状配列を示す上皮細胞の増殖」「内腔の液体貯留」「分裂像がほとんど認められない」といった特徴から,最終的に良性の耳垢腺腫と診断された.
一般に猫の耳における悪性腫瘍としては,扁平上皮癌も多発する.しかし,扁平上皮癌は多くの場合で潰瘍化,びらん,著明な浸潤性を呈し,顔面の崩壊や前庭障害を伴うことが多い(図2).
本症例のような平滑な多発性丘疹(囊胞様構造)とは外観が異なる.また,若齢猫に多い鼻咽頭ポリープは外耳道に突出することがあるが,通常は耳介表面にこのような青紫色病変を形成しない.耳血腫は耳介軟骨間の血腫によるびまん性腫脹であり,多発性の丘疹とは容易に識別される.
なお,本症例の血液検査では,白血球数及び好中球数の軽度増加に加え,著明な高総蛋白血症(TP9.0 g/dl)とA/G 比の低下(0.48)が認められた.これは慢性外耳炎や貯留した耳垢への二次感染による慢性の免疫刺激(高γ-グロブリン血症)を反映している可能性がある.ただし,高齢猫におけるこれほど顕著な高蛋白血症は,脱水のほか,多発性骨髄腫,リンパ腫,あるいは他の慢性炎症性・免疫介在性疾患(FIP など)の併発も疑われるため,全身状態のスクリーニング(尿検査による蛋白尿の有無や血清蛋白分画など)をあわせて考慮すべきである.
図3 は別症例であり,耳介内側に紫色~濃青色の直径1 ~5 mm 程度の薄い壁を有する囊胞が多発し,ブルーベリー様外観を呈している.この症例は病理組織学的検査によりアポクリン囊胞症(Apocrinecystomatosis)と診断された.アポクリン囊胞症は高齢猫の耳介に好発し,典型的には両側性に発生する青色~黒色の囊胞性病変として認められる.本症例との重要な鑑別疾患であるが,腫瘍性病変ではなく予後は良好である.無症状であれば経過観察が可能であるが,出血や二次感染,整容上の問題がある場合には切除やレーザー焼灼が行われる.病変が残存した場合には再発することがある.
質問 2 に対する解答
画像検査:頭部CT 検査
治療法:全耳道切除術(Total Ear Canal Ablation:TECA) 及び外側鼓室胞切開術(LateralBulla Osteotomy:LBO)
留意すべき点:顔面神経麻痺,前庭障害(斜頸,眼振,ふらつき),ホルネル症候群,術後感染・瘻管形成.
質問 2 に対する解説
猫の耳垢腺腫は良性病変であり,慢性的な外耳炎や耳垢貯留などの慢性刺激を背景として発生することが示唆されている.初期あるいは限局的な病変であれば,レーザー焼灼や局所切除による管理も可能である.しかし,本症例ではCT 検査により外耳道の完全閉塞が認められ,病変が垂直耳道から水平耳道まで広範囲に及んでいたため,局所切除による完全摘出は困難であり,再発の可能性が高いと考えられた(図4).また,耳道閉塞による耳垢の貯留は二次感染や中耳炎への進展を招く危険性があることから,病変の完全切除と慢性炎症の根絶を目的として全耳道切除術(TECA)を選択した.
手術では垂直耳道及び水平耳道を含む全耳道組織を切除した.さらに本症例では外耳道の完全閉塞が認められ,中耳病変の存在も否定できなかったため,LBO を併用し鼓室胞内の貯留物や炎症組織を除去した.耳道内は狭窄しており,狭窄部周囲に腫瘤が集中していた(図5).
TECA-LBO は侵襲性の高い術式であり,術後は顔面神経麻痺,ホルネル症候群,前庭障害などの神経学的合併症に注意したモニタリングが必要である.顔面神経麻痺では眼瞼反射の低下や口唇下垂がみられ,角膜保護が必要となる場合がある.また,鼓室胞周囲の交感神経幹損傷によるホルネル症候群や,内耳構造への影響による前庭症状が発生することがあるが,多くは一過性である.本症例では病理組織学的に耳垢腺腫と診断され,病変が完全切除されていれば良好な予後が期待される.
キーワード:ネコ,腫瘍,耳道,アポクリン腺