獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第79巻(令和8年)第6号掲載)
症例:犬(ヨークシャー・テリア),雌,8 歳
主訴:健康診断で実施した血液生化学検査において,軽度の低アルブミン血症を指摘されたため,二次診療施設での精査を勧められた.
問診:狂犬病ワクチン,混合ワクチン(8 種)接種済み
身体検査:体重 2.2 kg,BCS 4/9,体温 38.5℃,心拍数 150 回/ 分,呼吸数 42 回/ 分,収縮期/拡張期(平均)血圧 144/111(117)mmHg,その他特記事項なし
血液検査:表1 の通り
尿検査:色 薄黄,混濁なし,比重1.026,試験紙検査及び沈渣の顕微鏡検査については表2 の通り
質問1:本症例の病態における鑑別疾患を挙げよ.
質問2:本症例の診断と治療方針決定のために可能であれば実施すべきと考えられる検査は何か.
解答
質問 1 に対する解答と解説:
本症例は顕著な蛋白尿を呈している.蛋白尿はその原因により,血漿中のタンパク質が異常に増えた状態に起因する腎前性,腎盂以降で尿中にタンパク質が混入する腎後性,腎臓の機能や構造の異常に起因する腎性に分類される.尿試験紙検査において蛋白尿を検出したら,糸球体疾患を主体とする蛋白喪失性腎症(PLN)を疑うが,そのためには他の蛋白尿の原因を除外しておく必要がある.腎前性の代表例として溶血性疾患におけるヘモグロビン尿や多発性骨髄腫におけるBence-Jones 蛋白の出現,腎後性の代表例として尿路感染が挙げられる.腎性は,激しい運動や発熱に関連した生理的なものと,病的なものに分けられる.病的な腎性蛋白尿は,さらに尿細管性,間質性,及び糸球体性に分けられる.尿細管性は尿細管におけるタンパク質の再吸収異常で,ファンコーニ症候群などで認められる.間質性は,間質の毛細血管から尿細管へタンパク質が侵入したもので,レプトスピラ症による急性間質性腎炎などで確認される.糸球体性は,PLN の本態であり,糸球体のバリア機能の異常による原尿へのアルブミンの漏出が起きていることを示す(糸球体疾患).
尿試験紙検査において蛋白尿が検出されたら,まず臨床兆候,血液検査,尿沈渣の顕微鏡検査などから腎前性,腎後性,間質性の蛋白尿である可能性を除外する.本症例は,貧血や高蛋白血症を認めないことなどから腎前性を除外でき,尿路感染を認めないことなどから腎後性も除外できる.また,レプトスピラ感染症に特徴的な黄疸を呈していないことや8 種混合ワクチンを接種していることから,腎性のうちの間質性の可能性も低いと判断できる.この時点で本症例における蛋白尿の原因は生理的,糸球体性,あるいは尿細管性となることから,尿蛋白/ クレアチニン比(UPC)を測定して蛋白尿の存在を確定するとともに,その重症度の評価を行う(表3参照).UPC>0.5 の場合には,2 週間程度の間隔を空けて再度UPC を測定し,UPC<0.5 となっていれば一過性に生じた生理的な腎性蛋白尿であったと判断できる.再検査においても蛋白尿が持続しており,かつ非糖尿病性の尿糖陽性など尿細管機能障害を示唆する所見が合併する場合には,原因として尿細管性の関与が疑われる.一方で,本症例のように重度の蛋白尿(UPC>2)が持続する場合には,原因は糸球体性である可能性が高いと報告されている[1].
質問 2 に対する解答と解説:
犬においてPLN の原因として報告されている主な糸球体疾患は,免疫複合体糸球体腎炎(膜性増殖性糸球体腎炎,膜性腎症など),糸球体硬化症,アミロイドーシス,遺伝性腎炎である.免疫複合体糸球体腎炎とアミロイドーシスについては,特発性の場合もあれば,慢性的な炎症・免疫反応を引き起こす基礎疾患に続発する可能性もある.糸球体硬化症についても特発性の場合もあれば,基礎疾患(全身性高血圧症,副腎皮質機能亢進症,ステロイド投与など)に伴う場合もある.そのため,有効な治療法が免疫抑制療法となる可能性があるが,その根拠を得るためには,経皮的あるいは開腹下で実施される腎生検で採取された材料を用いた組織学的診断が必要となる(図参照).腎生検の実施を検討すべき主な状況としては,顕著な蛋白尿(UPC>3.5)が認められる場合,それから標準治療(レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の抑制など)に反応しない場合が挙げられる.ただし,腎機能低下が末期的である場合(IRIS ステージ4)や,透過型電子顕微鏡や免疫蛍光顕微鏡を含めた組織学的診断を得られない環境にある場合には,腎生検の実施は推奨されない[2].また,重度の低アルブミン血症(<2 g/dl)がある場合にも検査リスクの観点から腎生検の実施は推奨されないが,糸球体性蛋白尿の可能性が強く疑われる(UPC>2 ~ 3)状況であれば,試験的に免疫抑制療法を開始することが容認されている[3, 4].
参考文献
- [ 1 ]Lees GE, Brown SA, Elliott J, Grauer GE, Vaden SL : Assessment and management of proteinuria in dogs and cats: 2004 ACVIM Forum Consensus Statement (small animal) J Vet Intern Med, 19, 377-385 (2005)
- [ 2 ] 大菅辰幸:蛋白喪失性腎症,犬の治療ガイド2020 私はこうしている,辻本 元,小山秀一,大草 潔,中村篤史編,第1 版,429-435,EDWARD Press,東京(2020)
- [ 3 ] IRIS Canine GN Study Subgroup on Immunosuppressive Therapy Absent a Pathologic Diagnosis; Pressler B, Vaden S, Gerber B, Langston C, Polzin D : Consensus guidelines for immunosuppressive treatment of dogs with glomerular disease absent a pathologic diagnosis, J Vet Intern Med, 27, Suppl 1, 55-59 (2013)
- [ 4 ] IRIS Canine GN Study Group Established Pathology Subgroup; Segev G, Cowgill LD, Heiene R, Labato MA, Polzin DJ: Consensus recommendations for immunosuppressive treatment of dogs with glomerular disease based on established pathology, J Vet Intern Med, 27, Suppl 1, 44-54 (2013)
キーワード:犬,蛋白尿,蛋白喪失性腎症,腎生検