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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第74巻(令和3年)第6号掲載)

症例:犬(フレンチブルドッグ),避妊雌,12歳

既往歴:蛋白漏出性腸症(低脂肪食の給餌を行っている)

主訴・症状:腹水貯留の精査.1 カ月ほど前から発咳,腹囲膨満,運動不耐性を認めていた.

身体検査:体重12.2kg,体温39.0℃,心拍数80回/分,呼吸数48回/分,心音が聴取しにくかったが心雑音は聴取されず,波動感を伴う腹囲膨満が認められた.

血液検査,血液生化学検査:軽度白血球増多症(17,400/μl),TP 6.5g/dl,Alb 2.9g/dl,Glu 83mg/dl,ALT 107U/l,ALP 61U/l,T-bil 0.2mg/dl,BUN 19mg/dl,Cre 1.0mg/dl,CRP 0.3mg/dl

胸部X線検査:心陰影が球状化しておりVHSは13.5vと増大していた.気管の低形成も認められた.

心臓超音波検査:心囊水貯留が認められた.

腹部超音波検査:腹水貯留が認められた.肝臓,消化管,腎臓を含めて明らかな異常は認められなかった.

腹水検査:変性漏出液であった.


質問1:本症例のように心臓超音波検査において心囊水貯留が認められた際に評価すべき所見は何か.

質問2:心囊水貯留に加えて図1及び図2の心臓超音波検査所見が得られた.本症例で疑われる腹水貯留の原因は何か.


図1 右傍胸骨短軸断面乳頭筋レベル
図2 連続波ドプラ法
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
心臓超音波検査において心囊水貯留が認められた際には,血行動態へ影響を及ぼしているか,つまり心タンポナーデを呈しているかを評価する必要がある.心タンポナーデを引き起こすかは貯留量だけでは判断できない.心タンポナーデの有無を評価する所見としては収縮期(心房が拡張している時相)において右心房が虚脱(内側にへこむ)しているか否かである.この所見が認められた際には心膜穿刺による心囊水抜去を実施する必要があるかもしれない.本症例においては心タンポナーデを呈していなかったため心膜穿刺は実施しなかった.

また,心囊水貯留の原因を精査することも重要である.主な原因としては重度僧帽弁閉鎖不全症(MR)による左心房破裂,心臓腫瘍,特発性心囊水貯留などが挙げられる.心臓超音波検査ではまず左心房破裂を引き起こすほど重度MRが認められるかを確認する.左心房拡大が重度であれば左心房破裂の可能性があると思われるが,急性の腱索断裂などによる重度MRの場合は左心房拡大を伴っていないこともあるため注意が必要である.また,左心房付近の心囊水内に凝固した血液を示唆する高エコー性構造物が認められた際には左心房破裂が強く疑われる.次に右心耳や心基底部に腫瘤が存在しないかを確認する.右心耳には血管肉腫が好発し,心基底部(大動脈,肺動脈周囲)には化学受容体腫瘍や異所性甲状腺癌などが好発するとされている.小さな腫瘤であった場合には心囊水貯留がない場合には検出が難しいこともある.そのため上記の心タンポナーデの所見が認められない場合には心膜穿刺を行う前に腫瘤を探すと良いかもしれない.


質問2に対する解答と解説:
図1 の心臓超音波検査所見は右心室の拡大及び心室中隔の扁平化である.本来低圧系であるはずの右心室圧が左心室圧を凌駕した際に認められる所見である.正円形である左心室が圧排されている(10~12,1~2時方向).さらに図2は三尖弁逆流(TR)速度が3.7m/sと高速であることを示している.これらの所見から肺高血圧症(PH)が疑われる.昨年アメリカ獣医内科学会(ACVIM)より発表されたPHに関するconsensus statement[1]ではTR速度とその他のPHを示唆する所見を加味して「PHの可能性」を評価するよう記載されている(表1,2).本症例はTR速度3.4m/s以上かつPH を示唆する所見の数が1 つ以上(心室中隔の扁平化,左室のサイズ縮小,右室のリモデリング,肺動脈拡大,右房拡大,後大静脈拡大)でありPHの可能性は高いと判断される.その他の腹水貯留を起こす主な疾患(低蛋白血症,肝疾患,腹膜炎など)は認められなかったため,本症例の腹水貯留の原因はPHによる右心不全と判断した.

PHの原因は6群に分類することとされている[1].Group 1より順に肺動脈性(先天性心疾患など),左心疾患(MR,拡張型心筋症など),呼吸器疾患/低酸素血症,肺塞栓/肺血栓,寄生虫疾患(フィラリアなど),その他(Group 1-5の他因子,腫瘍による圧迫,原因不明)である.本症例では図3のように心基底部に腫瘤が認められていたため心臓腫瘍による可能性(Group 6)が挙げられる.また短頭種であり,気管低形成が認められていたことから呼吸器疾患/低酸素によるPHである可能性もあった.一方でMRや心奇形は認められず,フィラリア予防も適切に行われていた.腫瘍が認められていたため肺血栓塞栓症が起こっていた可能性は否定できなかった.


表1 PHの可能性の評価法
表2 PHを示唆する各部位における心臓超音波検査所見
図3 右傍胸骨短軸断面肺動脈レベル心基底部に腫瘤が認められた.