獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第78巻(令和7年)第5号掲載)
症例:馬,サラブレッド種,10 歳齢,雌,体重 565 kg
診療経過:食欲廃絶,軽度発汗,横臥,前搔き,左腹部膨大がみられた.初診時,心拍数 60 回/ 分,呼吸数 30 回/ 分,体温 38.5 度,CRT 1.5(s)であり,血液検査所見は下記表のとおりである.直腸検査では,腹腔内左背側に腎脾間膜上に腸が触知された.胃カテーテル挿入では,胃液並びにガスの貯留はほとんど見られなかった.腹水検査では,腹水の増加並びに赤褐色透明の腹水が採取された.鎮痛剤(フルニキシンメグルミン)1.1 mg/kg IV により疼痛の緩解がみられたもの,約2時間で疼痛が増大した.
質問1:臨床症状や経過から最も疑われる診断は何か.
質問2:本症例の診断方法は何か.
質問3:本症例の治療法は何か.
解答
質問 1 に対する解答と解説:
直腸検査所見において腹腔内左背側に腎脾間膜上に腸が触知されることから,結腸の腎脾間膜へのエントラップメントと診断した.本疾患は,結腸が運動性の低下や鼓脹によって脾臓と左側体壁との間に変位しやすくなることが原因と考えられている(図1,2).直腸検査によって,脾臓と左側体壁との間に左側結腸の骨盤曲が触知されることは,本症を診断するための有用な情報となる.本症では,軽症の場合は閉塞部近位におけるガスの蓄積はわずかで,全身症状の軽度な疼痛が持続性の経過をたどることが多い.重篤な場合は,結腸の近位に位置する盲腸の顕著な鼓脹によって引き起こされるものが多く,持続的な疼痛,頻脈及び腹部の膨満が一般的である.鼻から大量の胃液排出が見られることもある.
質問 2 に対する解答と解説:
通常,直腸検査所見において腹腔内左背側に腎脾間膜上に腸が触知される.また,超音波所見において左側第17~18 肋間背側において脾臓背側面像が見られず,ガスを充満した結腸が観察される(図3,4).
質問 3 に対する解答と解説:
全身麻酔下において馬をローリングして変位した左側結腸を整復する.フェニレフリン(アドレナリンα1 受容体刺激薬)投与により脾臓を縮小(約28%)させることで,整復が容易になることもある.また,全身麻酔下での腹部正中切開により整復する.整復術後の生存率はきわめて良好である(約92%).妊娠末期や馬体の大きな輓馬では立位左膁部切開による整復と脾臓背側被膜と腎脾靭帯と2 号のポリプロピレン縫合糸を用いて縫合することで再発防止(再発率2 ~22%)を図ることもあり,低侵襲な腹腔鏡下手術も応用されている.
キーワード:馬,腎脾間膜へのエントラップメント,疝痛,超音波検査,直腸検査