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獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第69巻(平成28年)第5号掲載)

過去 6 カ月間の妊娠率が低下しているある酪農場で繁殖検診を実施したところ,40 頭中 9 頭の牛で悪露の排泄及び膣内貯留がみられた.これらの牛の超音波検査を含む生殖器所見は表に示したとおりである.いずれの牛も分娩後獣医師の治療を要する周産期疾患の履歴はなく,乳生産も順調に行われている.


質問 1::この時点で処置の必要な牛はどの個体か.

質問 2::どのような処置が適切であるか.

図 1 牛の膣粘液スコア(Sheldon et al., 2006)
表 膿様悪露の排泄がみられた 9 頭の生殖器所見
解答と解説

質問 1 に対する解答と解説
治療の対象となるのは 0788,0878,1016及び1113の4頭である.これら以外の5頭(1034,1036,1040,1047 及び 1053)については経過観察とする.


質問 2 に対する解答と解説
いずれも子宮内膜炎を疑う症例であるが,子宮内膜炎の治療については分娩後の日数と生殖器所見とを合わせて判断する.分娩後 3 週間(21 日以前)は,正常な産褥の過程として膿あるいは膿様粘液の排泄がみられる期間であり,この期間に関しては発熱や食欲低下などの全身症状がみられなければ経過を観察する.分娩後 4~ 5 日間は子宮収縮がみられ,血液及び組織片の混じった水様性の悪露が排泄される.その量は次第に減少し,10~ 15 日頃には胎盤子宮部の壊死組織の排泄が中心となるため悪露は膿様あるいは膿様粘液に変化する.通常,悪露の排泄は分娩後 18~ 21 日頃には終了する.したがって,この期間を経過して悪露の排泄がみられる牛を治療の対象とするので,1034,1036,1040 及び1047 は治療の対象とならない.

子宮内膜炎の予後は,病原体(ほとんどの場合は細菌)と生体防御機構との相対的な関係により変化する.子宮の生体防御機構は栄養状態や性ホルモンの影響を強く受けるので,ボディーコンディションが低下している,あるいは低い状態にある牛では同じ治療を行ってもその効果は低くなる.性ホルモンについては,エストロジェン(おもにエストラジオール)及びプロジェステロンはそれぞれ生体防御擣機能を亢進あるいは低下させる.エストロジェンは血中の好中球数及び白血球中の割合を増加さるとともに左方移動を促進する.また,子宮への血流量を増加させる.子宮内では好中球や単球の増加がみられ,内膜上皮での Muc 蛋白質発現やラクトフェリンの分泌により生体防御機能が高まる.一方,プロジェステロンはエストラジオールとは反対の作用を示し,子宮での生体防御機能を低下させる.

上記の理由により,子宮内膜炎の治療に際しては卵巣の状態,すなわち主席卵胞及び黄体の有無を考慮して治療処置を選択する.黄体期にある牛に対してはプロスタグランジン(PG)F製剤の投与が治療処置の第一選択となる.PGF製剤を投与することにより黄体退行及び発情を誘起することで,プロジェステロン濃度を低下させ,かつエストラジオール濃度を高める効果が期待できる.症例中の 1 頭,1053 は分娩後 52 日を経過しているが,生殖器所見から発情が近く血中エストラジオール濃度の増加が期待できる時期にあるため,この時点では治療処置は行わない.

一方,黄体のない牛に対しては同様の理由によりPGF製剤の投与では子宮内膜炎の治療効果は期待できない.黄体のない牛に対しては,病原体の負荷を低下させる目的で子宮洗浄及び抗生物質の投与を選択する.また,上記の理由によりエストラジオールの投与も治療処置の選択肢に入る.子宮洗浄は病原体及び炎症産物の排泄に加えて,子宮への刺激により処置実施後に子宮内の好中球数が増加することも治療効果の一部を担うと考えられている.子宮内への薬液(抗生物質及びポビドンヨード製剤など)注入及びエストラジオール投与に関しては,使用に関して注意すべき点がいくつかある.
膿の貯留がみられる子宮への抗生物質注入に関しては,抗生物質自体の薬効は期待できないが,製剤中の溶剤の刺激作用による好中球の誘導等により治療効果が現れると考えられている.このため,抗生物質については全身投与が推奨される.ポビドンヨード及びエストラジオール製剤については,細菌感染の制御効果は他の治療処置と同等とされているが,処置後の受胎時期が遅れるとの報告もある.

また,表及び図 1 に示した膣粘液スコアは予後と関連するとされており,スコア 1,2 及び 3 の牛に対する処置での治癒率はそれぞれ約 75,60 及び40%と報告されている.つまり,スコア 2 及び 3 では最初から 2 回目の処置を含めた治療計画を立てる必要があることになる.


治療計画の例

0788:この症例では子宮壁内に膿瘍の形成が認められるので,PGF製剤投与に加え,抗生物質の全身投与を行う.子宮壁内の膿瘍の直径が 5cm 以上で,かつ子宮腔への瘻管が形成されている場合には,抗生物質の投与を行ってもその後の受胎性が低いとされている.

0878:子宮頸管が 80mm と腫大しており,子宮頸管炎を疑う所見である.黄体があるため PGF製剤の投与を行うが,同時に抗生物質の全身投与を行う.あるいは,PGF製剤の単独処置を行い,発情後 7 日目頃に再検査を実施して,子宮頸管の腫大が改善されていない場合には抗生物質の全身投与を行う.ホルスタイン種では子宮頸管の直径が 75mm以上の場合には受胎率が低下するとの報告がある.

1016:黄体がないため子宮洗浄あるいは子宮内への薬液注入を選択する.

1113:PGF製剤の投与を選択するが,分娩後41 日を経過しても左右子宮角の直径が大きく異なるため,受胎時期の遅れる可能性の高い牛であるので,早期の治療効果判定と,再処置を計画する.

図 2 治療後予後不良と判定し剖検した際の生殖器