獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第78巻(令和7年)第8号掲載)
症例:犬(ヨークシャー・テリア),6 歳10 カ月,避妊雌,3.7 kg.
主訴:右眼の涙液量減少.
病歴:6 年前から右眼のみ涙液量が低下し,近医にてオプティミューン眼軟膏が処方されていた.涙液量の減少に改善が認められなかったため,当施設への紹介受診となった.
既往歴:約1 カ月前,右眼に表在性角膜潰瘍を認め,治療.
投薬歴:シクロスポリン眼軟膏,1 日2 回.
身体検査:右側鼻鏡の乾燥(図1)を認めた.その他に特記なし.
眼神経学的検査:眼瞼反射(右:陽性/ 左:陽性),眩惑反射(右:陽性/ 左:陽性),威嚇まばたき反応(右:陽性/ 左:陽性).
対光反射:右:陽性/ 左:陽性,直接反応と間接反応ともに左右差なし.
シルマー涙試験:右:12 mm/ 分,左:18 mm/ 分
眼圧:右:17 mmHg,左:16 mmHg
フルオレセイン試験:両眼とも陰性
細隙灯顕微鏡検査所見:右眼に角膜混濁,角膜表在性血管新生が認められた(図2a,b).両眼ともに房水フレアや虹彩萎縮はみられなかった.
眼底像:特記なし.
質問1:本症例の疑われる疾患は何か.
質問2:本症例に対する治療方法はどのようにすればよいか.
解答
質問 1 に対する解答と解説:
右眼のみの涙液量の軽度減少と同側鼻鏡の乾燥から神経原性乾性角結膜炎(神経原性KCS)が疑われる.本症例における鼻鏡の乾燥は軽度であり,注意深い観察が必要である.治療開始後の経過観察中には,鼻鏡の乾燥が明瞭な日もあり,鼻鏡の乾燥と乾燥部位に繊維状の付着物が認められた(図3).
KCS の原因には,先天性,薬剤誘発性,免疫介在性,放射線誘発性,医原性,神経原性などの要因があげられる.このうち免疫介在性が最も多い.免疫介在性KCS に比べて,神経原性KCS は,発生頻度が低いとされているが発生率に関する報告はない.神経原性KCS は,神経原性由来の涙液分泌不足によって引き起こされる角膜と結膜の進行性炎症である.神経原性KCS は涙腺への遠心性神経支配の喪失により生じ,神経学的異常を合併することが多い.神経原性KCS は中枢性顔面麻痺,または側頭骨錐体部で副交感神経線維分岐部の近位部における神経損傷から生じる顔面神経麻痺を伴う動物でみられることがある[1].Galley らの報告では,神経原性KCS の犬34 頭における神経学的異常として,顔面神経麻痺(38%),末梢性の前庭症候群(29%),ホルネル症候群(15%)が含まれたとしている.さらにこれらの病因は特発性(53%),内分泌疾患(18%),内耳炎(12%),頭部外傷(9%),医原性(3%)としている[2].
本症例は約6 年前から涙液量の減少を呈しており,身体学的検査において原因は不明であった.本症例では未実施であるが,原因精査をするためにはCT やMRI を考慮する必要もある.また,神経原性KCS は角膜潰瘍を合併症として生じやすい.本症例においても約1 カ月前に表在性角膜潰瘍を生じた既往があり,右眼に角膜混濁と角膜表在性血管新生が残存していた.合併症のリスクに関しても飼い主に説明する必要がある.
質問 2 に対する解答と解説:
涙液分泌は交感神経により抑制され副交感神経によって促進されている.副交感神経の障害により生じている神経原性KCS に対する治療は,ピロカルピンの経口投与である[3].ピロカルピンは,涙腺と副交感神経系を非特異的に作用する直接作用型副交感神経刺激薬である.副交感神経支配の喪失が認められる場合,末梢のコリン作動性受容体の感受性は亢進しており,他のコリン作動性神経支配組織に比して,ピロカルピンによる刺激に対して反応性を示す.開始用量は,ピロカルピン1~2%,1 滴/10 kg,1 日2 回とし,副作用(唾液分泌過多,嘔吐,下痢,徐脈)が観察されるまで2 ~ 3 日ごとに増量する.その後,耐容された用量まで減量する.犬の体重が5 kg 以下の場合,1%ピロカルピンを使用するほうが調整しやすいため好まれる.ピロカルピンは苦いため,食品と混ぜて投与する.神経原性KCS は,原因の除去または神経症状の改善によりピロカルピンを休薬することもできる.シクロスポリンなどの涙液分泌促進剤は,補助的に使用する.ピロカルピン内服は健常な眼の涙液量には影響しない.
本症例は,ピロカルピンの内服による治療を実施した.本症例の体重は,5 kg 未満であったことから,1%ピロカルピンを生理食塩水にて2 倍希釈した0.5%ピロカルピン,1 日2 回を開始用量とした.現在,本症例は0.66%ピロカルピン,1 日2 回にて管理している.
参考文献
- [ 1 ]Kern TJ, Erb HN : Facial neuropathy in dogs and cats: 95 cases (1975-1985), J Am Vet Med Assoc, 191, 1604-1609 (1987)
- [ 2 ]Galley AP, Beltran E, Tetas Pont R : Neurogenic keratoconjunctivitis sicca in 34 dogs: A case series, Vet Ophthal mol, 25, 140-152 (2022)
- [ 3 ]Matheis FL, Walser-Reinhardt L, Spiess BM : Canine neurogenic keratoconjunctivitis sicca: 11 cases (2006-2010), Vet Ophthalmol, 15, 288-290 (2012)
キーワード:犬,神経原性乾性角結膜炎,鼻鏡の乾燥,ピロカルピン