獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第78巻(令和7年)第4号掲載)
症例:3 歳,トイプードル,去勢雄
主訴と病歴:1 年前,2 カ月前,2 日前の全般性強直間代性てんかん発作を主訴に来院.発作の様子は3 回とも同じであり,横臥で頸部を後弓反張し,四肢を強く突っ張った後バタバタさせ,意識は完全に消失して視線は合わず,過剰な流涎と尿失禁を伴い,1 ~ 2 分間程度持続するとのことであった.発作前の数分はそわそわして落ち着きがない様子であり,不動化して倒れ発作に至り,発作が終息後も30 分間程度ぼーっとしてふらふらしていたとのことである.発作以外のタイミングでは特に変化はなく,異常な様子もない.発作のタイミングやきっかけはない.元気,食欲あり,消化器症状なし,排便排尿良好.市販ドライフード給餌.環境や給餌の変更なし.ワクチン接種済,フィラリア予防済.特に内服歴なし.誤食・中毒に思い当たるイベントなし.渡航歴,外傷歴なし.これまでに大きな病気はしていない.
身体検査:体重3.5 kg,体温38.6℃,心拍数152 回/ 分,呼吸数22 回/ 分
神経学的検査:
意 識:異常なし
姿 勢:異常なし
歩 様:異常なし
姿勢反応: 四肢にて異常なし
脊髄反射: 四肢にて異常なし
脳神経: 異常なし
血液検査:
完全血球計算(CBC):異常なし
血清生化学検査:異常なし
質問1:国際獣医てんかん特別委員会(IVETF:InternationalVeterinary Epilepsy Task Force) が2015年に発表したコンセンサスレポートに基づいて判断した場合,本症例はどのように診断されるか.
質問2:上記のコンセンサスレポートに基づいて判断した場合,推奨される次の方針は何か.
解答と解説
質問1に対する解答と解説:
特発性てんかん(診断信頼レベル第1 段階)
ステップ1:突発的に生じる神経症状である「発作seizure」の診断と「てんかん診療」において,最も重要で最初となるステップはその発作が「てんかん発作epileptic seizure」であるかを特定することである.突発的に生じる神経症状としては,てんかん発作以外にも失神やカタプレキシー,神経筋虚弱,突発性行動異常,前庭発作,発作性ジスキネジア,特発性頭部振戦などがあり,しばしば臨床現場では判断に苦慮する.発作の中で最も有名で古くから知られているのが全般てんかん発作であり,本症例で記述した徴候は典型的な強直間代性全般てんかん発作generalizedtonic-clonic epileptic seizure で認められるものである.発作前徴候があり,強直間代性運動を伴い,意識障害があり,流涎などの自律神経徴候があり,数分で自然終息し,発作後徴候があるという時にはある程度安心しててんかん発作とほぼ判断できる.
ステップ2:てんかん発作と判断できれば,その次に考えることは中毒や代謝障害の有無であり,稟告聴取,血液検査や尿検査,血圧測定などにより反応性発作reactive seizure の可能性を考える.低血糖,低カルシウム,ナトリウム異常,肝性脳症(NH3 高値,TBA 高値),尿毒症性脳症,高血糖,甲状腺疾患,副腎皮質機能低下症などが反応性発作を引き起こす可能性があり, これを漏れなく測定しておく必要がある.また,低酸素や高血圧も神経徴候を示すことがあるので測定しておく.
ステップ3:中毒や代謝障害が否定的であれば,自宅での臨床徴候と神経学的検査で前脳を示唆する所見がないことを確認する.ただし,てんかん発作の後にはさまざまな異常な臨床徴候が発現することがあるため,発作直後に来院した場合で異常を認めた場合には1 日程度時間をおいてから再検査にて臨床徴候を確認する.
ステップ4:上記の3 つの条件,①てんかん発作を繰り返すこと,②反応性発作が否定的であること,③発作間欠期の神経学的異常がないことに加えて,④ 6 カ月から6 歳の初発発作年齢であることの4 条件を全て満たす時,国際獣医てんかん特別委員会(IVETF)の特発性てんかん診断基準の信頼レベル第1 段階を満たす[1].したがって,本症例を特発性てんかん(診断信頼レベル第1 段階)と診断する.
着目すべきはこの診断信頼レベル第1 段階の診断基準にはMRI 検査が含まれていないことである.特殊な施設がなくても判断できるように第1 段階の診断基準は作られている.なお,診断基準は3 段階あり,信頼レベル第2 段階では第1 段階に加えてMRI 検査と脳脊髄液検査で異常がないことが条件であり,第3 段階ではさらに特異的な脳波異常を脳波検査で同定することが診断基準となっている.
質問2に対する解答と解説:
抗てんかん薬の内服開始と発作頻度観察
特発性てんかん(信頼レベル第1 段階)と診断した後には,その後のフォローが重要である.特発性てんかん(信頼レベル第1 段階)はこれまでの獣医学の蓄積によって作られた診断基準であるが,例外的な状況はありうるため,他の神経学的徴候が発現しないかに着目し,1 ~ 3 年程度は経過観察しておく.国内では小型犬が多く,若齢でも起源不明髄膜脳脊髄炎(MUO)は発症し得る.また,フレンチブルドッグやボクサーは若齢でも神経膠腫が発生することがある.これらの状況については十分に留意しつつ,診断基準の適応について考え,状況と必要に応じてMRI 検査・脳脊髄液検査を実施しててんかんの診断精度を上げる.
経過観察を前提とし,てんかん発作に対する治療について考慮する.特発性てんかんのてんかん発作に対する薬物療法は基本的に生涯にわたって継続するため,治療開始はメリットとデメリットを勘案した慎重な判断が必要となる.幸いコンセンサスレポートには抗てんかん薬をいつ開始するかの記載がある[2].以下のいずれかに当てはまる場合に抗てんかん薬の治療開始が推奨されている.
- ・発作間欠期が6 カ月以下(6 カ月間のうちに2回以上のてんかん発作)
- ・てんかん重積状態,あるいは群発発作
- ・発作後徴候が特に重度とみなされる(例えば,攻撃性,視覚消失)または24 時間以上持続する
- ・てんかん発作の頻度,持続時間の増加,発作重症度が3 つの発作間欠期間中に悪化する
参考文献
- [ 1 ] [ 1 ] De Risio L, Bhatti S, Muñana K, Penderis J, Stein V, T ipold A, Berendt M, Farqhuar R, Fischer A, Long S, Mandigers PJ, Matiasek K, Packer RM, Pakozdy A, Patterson N, Platt S, Podell M, Potschka H, Batlle MP, Rusbridge C, Volk HA : International veterinary epilepsy task force consensus proposal: diagnostic approach to epilepsy in dogs, BMC Vet Res, 11, 148 (2015)
- [ 2 ] Bhatti SF, De Risio L, Muñana K, Penderis J, Stein VM, Tipold A, Berendt M, Farquhar RG, Fischer A, Long S, Löscher W, Mandigers PJ, Matiasek K, Pakozdy A, Patterson EE, Platt S, Podell M, Potschka H, Rusbridge C, Volk HA : Inter national Veterinar y Epilepsy Task Force consensus proposal: medical treatment of canine epilepsy in Europe, BMC Vet Res, 11, 176 (2015)
- ※獣医神経病学会のホームページにて,上記コンセンサスレポートの邦訳を公開しています.
キーワード:てんかん発作,てんかん,コンセンサスレポート,神経学的検査