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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第77巻(令和6年)第2号掲載)

症例:猫(雑種),8 歳7 カ月齢,去勢雄

既往歴:なし

主訴:3 カ月前から食欲はあるものの嘔吐が始まった,近医でメトクロプラミド及びファモチジンを処方され,経口投与継続にて嘔吐改善,2 週間前から数日間服薬なし,そのため再度嘔吐が始まり,近医で再診,軽度貧血,腹囲膨満,脾臓の腫瘍が疑われ精査及び治療のために当院を受診.

一般身体検査:体重 6.96 kg(BCS:3/5),体温37.9℃,心拍数180 回/ 分(心雑音なし),呼吸数48 回/ 分,体表リンパ節の腫大なし,腹囲膨満.

血液検査・生化学検査:血液検査(表),生化学検査では特記すべき所見はなし.

血液塗抹検査:血液塗抹像(図1),菲薄赤血球(+),多量の顆粒を含む大型細胞の出現.

X 線検査:胸部右ラテラル像(図2); 胸骨リンパ節(SLN) の腫大(図2a),SLN の強調画像(図2b),腹部右ラテラル像(図3); 脾腫,臓器漿膜面のディテールが不明瞭.

腹部超音波検査(図4):肝臓,脾臓,膀胱周囲及び腸間に中等度の腹水貯留(図4a),脾臓; 脾腫(図4b),脾臓辺縁の不整化,脾臓実質のエコーレベルの低下.


図1 血液塗抹像
a:SLN の腫大(矢印)
b:SLN 強調画像

図2 胸部X 線右ラテラル像


図3  腹部X 線右ラテラル像
a:腹水(肝臓矢状断像)
b:脾腫(厚さ:12 mm)(横断像)

図4 腹部超音波検査


質問1:症状や検査結果から最も考えられる疾患は何か.

質問2:本症例に対する治療法を検討しなさい.


解答と解説

質問1に対する解答と解説:
本症例の画像診断では脾腫と腹水が認められた.猫の脾臓の形は品種に関わらず一貫しており,細い頭部と体部,及び比較的広い尾部が特徴で,超音波検査では猫の正常な脾臓の厚さは10 mm とされている[1].また,猫の脾臓近位が強く屈曲している場合(もともとは屈曲は穏やか)には脾腫と判定される.脾腫の主な原因として,①炎症(トキソプラズマ,好酸球増加症候群,猫伝染性腹膜炎,ヘモプラズマ,マイコバクテリア症,ヒストプラズマ症など),②過形成(溶血性疾患,SLE など),③うっ血(門脈高血圧症,薬物性など),④髄外造血,⑤び慢性腫瘍(リンパ腫,白血病,肥満細胞種,多発性骨髄腫,組織球性肉腫など)があげられる,腹部X 線画像における腹腔内構造の視認性を低下させる要因としては,①腹腔内脂肪の少ない状態(幼弱,削痩),②腹腔内液体貯留(腹水),③細胞浸潤や炎症(腹膜炎・膵炎),④占拠性病変によるマス効果が考えられる.本症例では,削痩ではないことや腹部超音波検査の結果から腹水と判断される.

ここで血液塗抹像に注目していただきたい.正常猫では末梢血に肥満細胞は認められない.したがって,本症例では血液塗抹標本で大型肥満細胞が観察されたこともふまえ,脾臓肥満細胞腫(脾臓MCT)が最も強く疑われた.

MCTは,リンパ性悪性腫瘍,乳腺腫瘍に次いで,猫で3 番目に多い腫瘍である.臓器の病変に基づいて,一般に皮膚,脾臓,腸管の3 つのカテゴリーに分類されるが,同時に複数の臓器系が関与することもある.脾臓MCT は猫の脾臓腫瘍のなかで最も多く,貧血は一般的な所見であり,症例の14~70%で報告されている[2].本症例の主訴である嘔吐は,血管作用性アミン(例えばヒスタミンやセロトニン)の放出により胃壁細胞の過形成や胃酸産生の増加が引き起こされ,その結果生じる胃十二指腸の潰瘍によると考えられる[3].一方,貧血は,腸の潰瘍からの慢性的血液喪失もしくは持続する炎症や腫瘍の進行による赤血球生成抑制から生じると推測される.

本症例の腹水沈渣塗抹では,小リンパ球を優位に,豊富な顆粒を有する肥満細胞が散見され,非感染性の軽度の慢性炎症や慢性活動性炎症,腫瘍性腹膜炎を伴う腹水貯留が示唆された.

質問2に対する解答と解説:
脾臓MCT では,転移を示唆する所見を有する猫においても,脾臓摘出術が第一の選択と考えられており,脾臓摘出術を受けた猫と受けなかった猫の生存期間中央値はそれぞれ856 日と342 日,25%生存期間ではそれぞれ1674 日と780 日とその差は大きい.一方,脾臓摘出有無のどちらの場合においても,化学療法を受けた猫と受けなかった猫では統計学的に生存期間中央値に有意な差は認められていない[2].しかし,術後の化学療法に反応した猫は反応しなかった猫よりも転帰が良好であった[4].化学療法の実施の有無において有意差が認められなかった理由として,使用された化学療法プロトコルが個々の臨床医や学術機関により大きく異なっていたこと,さまざまな化学療法プロトコルを個別に解析したため,患者数が少なすぎて統計学的に意味のある比較ができなかったことなどがあげられている[2].本症例は当院初診時に輸血を行い,翌日に脾臓摘出術を実施した(図5).摘出した脾臓の病理組織診断結果は肥満細胞腫であった.さらに,同時に依頼したc-KIT 遺伝子変異検査ではエクソン8 のITD 変異が確認された.術前CT 検査では,転移好発部位である肝臓,腹腔内リンパ節,腸管等への転移は認められなかったが,術中に膵左葉に結節を視認した(生検未実施)(図6).また胸骨リンパ節の生検も実施していないが,これらの所見から肥満細胞腫の全身への転移も考えられる.術後からジフェンヒドラミン(1.7 mg/kg,BID),ファモチジン(0.84 mg/kg,SID),プレドニゾロン(0.4 mg/kg,SID),抜糸後からはこれらの服用に加え,化学療法(トセラニブ 2.5 mg/kg,EOD)を開始し,近医にて経過観察中である.術後約40 日経過しているが,食欲旺盛,嘔吐は改善されている.

本症例で,末梢血及び腹水中に肥満細胞を認めなかった場合には,次の検査として,脾臓の針吸引生検による細胞診を予定していた.猫の脾臓MCT では,末梢血中の肥満細胞数が乏しく血液塗抹標本に肥満細胞が見られない場合もあるが,症例の37~100%で血液中に肥満細胞が観察されたと報告されている[2].このため,腫瘍の症例においては,腹水採取や脾臓の針吸引生検よりもはるかに侵襲が小さい血液塗抹検査で診断を下せる可能性があることを考慮すると,血液塗抹検査は必須である.


図5 摘出した脾臓
図6 膵左葉内の結節

参考文献

  • [ 1 ] Grif fin S : Feline abdominal ultrasonography:What’s normal !? What’s abnormal ? The spleen,J Feline Med Surg, 23, 209-262 (2021)
  • [ 2 ] Evans BJ, O’Brien D, Allstadt SD, Gregor TP,Sorenmo KU : Treatment outcomes and prognosticfactors of feline splenic mast cell tumors: Amulti-institutional retrospective study of 64cases, Vet Comp Oncol, 16, 20-27 (2018)
  • [ 3 ] Ogilvie GK, Moore AS : visceral mast cell tumor,Feline Oncology, Kamata N, et al, Ogilvie GK, etal eds, 1st ed, 280-283, Inter Zoo, Tokyo (2003)
  • [ 4 ] Kraus KA, Clif ford CA, Davis GJ, Kiefer KM,Drobatz KJ : Outcome and prognostic indicatorsin cats undergoing splenecr tomy for splenicmast cell tumors, J Am Anim Hosp Assoc, 51,231-238 (2015)

キーワード:猫,脾腫,脾臓肥満細胞腫,血液塗抹検査