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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第71巻(平成30年)第12号掲載)

症例:雑種イヌ7 歳,未去勢オス,体重14.0kg,既往歴なし

主訴:散歩中に突然歩けなくなった.震えてよだれが出る.呼吸が悪い.

一般所見及び経過:電話にて連絡を受けてから30 分後の来院時,主訴のような所見は消失していた.今回のような症状ははじめてとのこと.その他に最近嘔吐をすることが多くなったとのことだった.

一般身体検査では,体温38.9℃,胸部聴診にて著変なく,心拍数150/分の洞性調律.可視粘膜著変なし,CRT は1sec.股動脈は触知可能,腹部触診及び体表リンパ節に異常はみられなかった.意識レベルにも異常はみられなかった.以上のことから,急変が懸念されたので,入院下で半日様子をみることにした.ケージレストにて異常がみられなかったため,ケージより出して院外で散歩させたところ,10m を走りだしたところで急に速度が遅くなり木馬様歩行となった.さらに後肢の小刻みな震えからしゃがみこみ流涎した(図1).やや浅速呼吸だったが,聴診にて著変なく,股動脈も触知可能だった.意識レベルにも異常はみられなかった.院内にすぐに搬送したところ,数分で症状が消失した.

一般血液検査及びX 線検査:一般血液検査では特に異常は認められなかった.胸部X 線検査にて食道のラインが明瞭だったため,消化管造影検査を行ったところ拡張した食道を確認した(図2).追加の血液検査にて甲状腺ホルモン(T4)の値に異常はなく,電解質,血糖値とも正常範囲だった.


質問1:以上の経過及び検査所見から考察して,どのような疾患を疑い,そのための追加検査について解説せよ.

質問2:この症例は今後どのようなことに注意しながら治療すべきか.

質問3:この疾患の病態を述べよ.


図1 発作時の顔貌
図2 消化管造影による胸部食道造影検査
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
本症例の臨床徴候は運動による筋力の低下(易疲労性)と流涎,さらにそれらは休息によって改善されることと胸部X 線検査によって確認された巨大食道を特徴とする.これらの特徴ある疾患として重症筋無力症(MG)に代表される神経筋疾患があげられる.その他筋力低下を特徴とする疾患として,甲状腺機能低下症,インスリノーマによる低血糖症,糖尿病に起因するニューロパチー,低または高K血症をはじめとする電解質異常などが考えられる.したがって本症例は,まずMGの仮診断のためにテンシロンテストを行った.すなわちエドロホニウム塩化物(商品名アンチクレス)0.1mg/kg を静脈注射し,再度院外で散歩させた.その結果,100mまで小走りできるようになった.

この検査に反応を示したため,この段階でMGの可能性が強く疑われた.MG以外の神経筋疾患では,このテストで通常劇的な改善はないといわれ,また易疲労性といった休息によって症状が改善することも考えにくいためである.このテストの留意点は,反応に個体差があるため投与量が過剰であったり,MGではない動物に投与するとコリン作動性クリーゼ(多量の流涎,嘔吐,脱糞,脱力,筋の攣縮,徐脈,呼吸停止)に陥ることがある.そのためテストをする際には静脈確保してから行うべきである.クリーゼの際には速やかにアトロピンの静脈投与を行わなければならないか,症状が消失するまで観察すべきである.

さらに,テンシロンテストが陽性反応を示したため,追加検査として抗AChR 抗体検査を依頼した.結果は1.5nmol/l と陽性であった.

最終的に抗AChR 抗体が陽性を示したのでMGと確定診断した.なお,巨大食道の確認のために消化管造影検査を行ったが,造影剤の誤嚥を懸念して水溶性消化管造影剤にて行うことが薦められる.また,たびたびの嘔吐がみられたという主訴は,

巨大食道による吐出の可能性が考えられた.


質問2に対する解答と解説:
MGの治療にはAChE 阻害薬(臭化ピリドスチグミン)の経口投与(0.5 ~ 3mg/kg BID~TID)が推奨される.本薬剤によってシナプス間隙中のアセチルコリンの分解が阻害され,アセチルコリンがAch レセプターと結合する機会が増加するために機能が維持されることを目的とする.したがってこの治療は根本療法ではなく対症療法である.投与用量には個体差があるため少量から始め症状をみながら調節する.過剰投与は流涎,嘔吐,脱力,筋の痙攣などMGの症状と類似した症状がみられるため注意が必要である.

またMGは咽頭の機能不全や食道の収縮不全を起こすため,唾液分泌過多や巨大食道を起こすことがある.そのため誤嚥性肺炎の予防や管理,吐出に対する食事指導が必要になる.立位姿勢による食事やフードの硬さや形状に配慮が必要であるが,症状には個体差があるためさまざまな条件を試した方がよい.それでも摂食が困難な場合は,胃瘻チューブの設置が考慮されるが,誤嚥の可能性が消失するわけではないので注意が必要である.

また犬のMGは発症後半年から1 年以内に自然寛解することからAChE 阻害薬の休薬も含めて,治療中は注意深い観察が必要である.

本症例は,6 カ月後に寛解が得られ巨大食道も改善した(図3).しかし四肢の運動不耐が改善しても食道が拡張したままのケースも多い.


図3 消化管造影による胸部食道造影検査

質問3に対する解答と解説:
MGは,骨格筋終板のシナプス後膜上に存在するニコチン型AChR に対する自己抗体が産生され,神経終末のシナプス前膜から骨格筋のシナプス後膜への刺激伝達が障害することによって生じる自己免疫疾患である.そのため臨床徴候として易疲労性や咽頭や食道の横紋筋が収縮不全を呈する.動物でのMGの分類は,①局所型(巨大食道症や発声障害,嚥下障害を呈する),②全身型(易疲労性などの全身症状の他に吐出などの食道の症状を伴うこともある),③劇症型(急性に呼吸困難などの重度の運動障害を呈する)の3 型に分類されるのが一般的である.


キーワード: 重症筋無力症,易疲労性,吐出,テンシロンテスト