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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第71巻(平成30年)第8号掲載)

症例:11 歳,去勢オスのトイプードルが,急性の右後肢の跛行を呈した.非負重性の跛行で,足根関節部に圧痛を認めた.患部のX 線写真は図1のとおりである.


質問1:診断は何か.

質問2:最適な治療法は何か.またこの部位に必要な特有の工夫は何か.


図1 発作時の顔貌
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
右踵骨中央部での横骨折もしくは粉砕骨折.尾側は横骨折に見えるが,頭側に小さい骨片が存在している可能性がある.


質問2に対する解答と解説:
踵骨の近位端は腓腹筋腱とその他の腱(大腿二頭筋・薄筋・半腱様筋の複合腱)が付着しており,着地するたびに近位に向かう牽引力が発生する.また足を挙上していても腓腹筋の収縮力で常に牽引力がかかった状態にある.ギプスやバンデージなどの外固定はこの牽引力に抵抗することができないため,骨折断端が引き離され間隙が開こうとする状態が続く.したがって外固定では骨折癒合は期待できない.

横骨折であればテンションバンドワイヤー法が理想的な固定法である.テンションバンドワイヤー法は,ワイヤーを締結する力で骨折片を引き寄せているのではなく,骨片間に働く牽引力(引き離す力)を圧縮力(押し付ける力)に変換する装置であることを理解する必要がある.テンションバンドワイヤーが適切に適用されれば,体重の負荷が始まっても骨片同士はむしろお互いに圧着されるため,整復位の維持に働くこととなる,術後の外固定は通常不要であり,数日後には負重を許可できる.テンションバンドワイヤー法の特性として,負重・歩行しながらの骨癒合達成が期待できる.

粉砕骨折であれば外側面へのプレート設置が推奨される.今回の症例では小さな粉砕骨折の可能性はあるが,手術中も粉砕骨折は肉眼的に確認できなかった.また,テンションバンドワイヤー法に十分な量と強度の皮質骨を確保することが可能であり,また骨折線を圧着することで十分な安定性が得られたので,テンションバンドワイヤー法を選択した.

さらに,踵骨のテンションバンドワイヤー適用に際しては幾つかの点で特殊な工夫を追加する必要がある.

  • 1.切皮は踵骨の外側面で行う.踵骨の尾側で切皮すると,術後にテンションがかかり続けるため,裂開のリスクが高い(図2).
  • 2.踵骨の背側を走る浅趾屈腱はあらかじめ避けてピンニングを行う.踵骨近位端に付着する腓腹筋腱は避けられないので,ピンは貫通させる.
  • 3.通常のテンションバンドワイヤー法では近位のピン断端は骨の外側に突出させておいて,そこにワイヤーの一端を回す(図4).しかし踵骨部では軟部組織が少ないため,ピン断端を突出させておくと,容易に皮膚を貫通し皮膚障害が持続する.これを避けるためにピンの近位端は突出させずに骨内に埋没させてしまう(図3の白矢印).
  • 4.ワイヤーの八の字ループは一端をピンの突出部に,もう一端を遠位の骨片に開けた骨孔に通すのが通常である(図4).しかし3.の事情により,踵骨のテンションバンドワイヤー法では,近位の骨片にも骨孔を作成し,そこにワイヤーを通す(図2,図3).

図2 手術終了時の肉眼所見
右の足根関節を外側から切開してアプローチしている.白矢頭は骨折線を示している.1mmのキルシュナーワイヤーと0.6mm のワイヤーを用いてテンションバンド法を行った.キルシュナーワイヤーは踵骨内に埋没しており肉眼的には確認できない.ワイヤーは両骨片に作成した骨孔を通っている.
図3 術後のX 線画像
キルシュナーワイヤーは踵骨に埋没させている(白矢印).ワイヤーは両骨片に作成した骨孔を通っている.
図4 通常のテンションバンドワイヤー
法(大腿骨大転子部への適用例).ピンの近位端は骨から突出している.8 の字ワイヤーはピン突出部と遠位の骨孔を通っている.

参考文献
  • [ 1 ] Decamp CE, Johnston SA, Déjardin LM, Schaefer SL : Fracture of Calcaneus, Brinker, Piermattei, and Flo’s Handbook of Small Animal Orthopedics and Fracture Repair, Decamp CE, Johnston SA, Déjardin LM, Schaefer SL, 5th ed, 715-718, Elsevier, St. Louis (2016)

キーワード: 犬,踵骨,骨折,テンションバンドワイヤー法